絵画の波が、頭の中で立ち上がってきました―――
ここは新宿区西早稲田にある「手と目で見る教材ライブラリー」。
お城・野球場・乗り物などの立体模型、モナリザ・最後の晩餐などのさわれる絵画などが置かれています。
展示数は、なんと500点以上。
筑波大学附属視覚特別支援学校元教員で独立行政法人国立特別支援教育総合研究所名誉所員の大内進先生が2014年に開設しました。
大内先生が盲学校で勤めていた時代から現在まで、店舗、ネット、旅行先、あらゆる場所、膨大な時間とお金をかけて収集した作品がここに集められています。
※写真:清水寺の立体模型
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①建築者の意思が伝わる! 立体模型をさわってわかること。
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さっそく、展示品をさわらせてもらうことに。
お!なんとシンデレラ城の姿が。
さわってみると・・・
洗練された鋭角な塔が連なっているのがわかります。
ボクは今まで、なぜこの城にみんなが惹かれるのかがわかりませんでした。
が、わかった。
こんなに塔のフォルムが美しかったのか。
もちろん、この他にも大阪城、名古屋城、姫路城など日本の城の立体模型の姿も。
さわり比べてみると、様々な違いに気付きます。
たとえば天守閣に入るためのセキュリティの違い。
名古屋城では、1つの建物を抜け、渡り廊下を通ると天守閣です。
それに対し姫路城は、3つの建物を通らなくてはいけません。
触れるうち、「おい、姫路城の人!どんだけビビってんだよ!」とツッコミを入れたくなりました。
※イメージ
各地の寺院も。
これは清水寺。
全体からみると、「清水の舞台」が小さくて驚きます。
こちらは、法隆寺・五重塔。
これまで「偉い人が建てたんでしょ?」と、小学生でも言える感想しか持っていなかったボク。
そんな五重塔に触れてみると、まずひとつひとつの屋根が違うことにハッとさせられます。
ボクはこれまで五重塔の屋根はみな同じかと思っていました。
しかし、屋根の大きさなどが違う。
下から上に徐々に狭まっている。
そして最上階の屋根には上に伸びる飾りがついていて、全体として天に向かうような、建築者の思想が伝わってくるような気がしました。
立体模型をさわることで、写真では得られないスケール感、空間の意味、そして何より建築者の意思などを味わうことができるのだと知りました。
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②北斎の波が頭の中に。 絵画にふれる
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次に絵画を鑑賞。
今回は、葛飾北斎 「神奈川沖波裏」をさわらせてもらいました。
※イメージ
正直、「絵ってさわったところでな・・・」というのが当初の気持ち。
が、「さわる絵」と言っても、ただ線が浮き出ているもんじゃない。
なんと、絵の中に出てくる波、船、富士山がすべて立体になっていて、奥行きまでわかるようになっています。
ホクサイ?と漢字もろくにわかっていないボク。
この絵も、「大波がすごくて、きれい」と、これまた小学生でも言えるような感想しか持っていませんでした。
そんなボク、立体的な絵をさわると・・・
お・・・!
大波の迫力に圧倒されました。
そして迫力と同時に、波が恐ろしく思えてきました。
「波の中にいる舟の乗り手は、どんな思いだっただろう・・・」と思いをはせます。
先ほどまで、ただ「きれい」としか思っていなかった富士山も、「大波と対峙している船員にとっては、小さく見えるものだったのではないか」という想像も膨らんできます。
絵の中のドラマが、頭の中に立ち上がってきたのです。
そして、大内先生は立体的な地図も出してくれました。
富士山の位置、舟が通っていたルートを示してくれます。
なんでも当時は千葉で捕れた魚を東京・日本橋に送るルートがあったそうで、この絵の舟はその帰りだったと言います。
舟の立体模型も。
これ、当時としてはスピードが出るタイプで、捕れた魚をできるだけ早く運ぶためのものなのだとか。
こうやって背景を知っていくと、「船員の恐ろしさ」だけではなく、「恐ろしい中、魚介類を届けた漁師たちの思い」や「その思いに支えられた江戸の町」への想像も膨らんできますね。
1つの絵画の解説で、こんなに人、社会、時代の情景が浮かぶとは。
もはや、この解説自体が芸術だと言っても過言ではないでしょう。
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③ 大内先生インタビュー
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最後に、大内先生にインタビューをさせてもらいました。
▼ここは、大内先生の熱い思いの結晶でもあった。
榎戸「そもそも、大内先生はどうしてさわることを研究しようと思ったのですか?」
大内先生「これまで盲学校や研究所などで視覚障がい教育の分野に関わってきましたが、点字と墨字の教科書を比べた時に、点字では圧倒的に情報がそぎ落とされてしまっているというのを感じていました。
たとえば最近で言うと、教科書は写真、イラスト、図形などがたくさん掲載されています。しかし、点字の教科書では画像情報についてはエッセンスの部分しか点訳されていない。しかも、写真などは立体的なものを線にしています。そもそも立体的なイメージがわからない生徒に線だけ見せても立体を思い浮かべることは難しい。
それを伝えるためには、立体的なものはできるだけ形がイメージできるものを用意することが大事だと思ったのがきっかけですね」
榎戸「教科書の図や写真など、ボクもよく見えず、イメージできなかった体験があるので、とてもわかります。それでライブラリーを作ろうと?」
大内先生「そうですね。そのような教材を作るためにはお金もいるし人もいります。それを投じてもらうためには、重要さを知ってもらう必要があると思うんです。
で、言っているだけではなかなか環境が変わらないので、自分でやってみようかなと思ったのが始まりですね」
このライブラリーは、そんな大内先生の視覚障がい当事者に対する熱い思いの結晶でもあったんですね。
▼ライブラリーで感じられること。
榎戸「ここに訪れた人は、どんな反応をされていますか?」
大内先生「『今まで見過ごしていたことに気付いた』と言っていただく方、『さわることを丁寧にすれば世界が広がる』と言ってくださる方が多いですね。そう言ってもらえると、私としてもうれしいです」
榎戸「『さわることで世界が広がる』ということ、ボクも実際に感じさせてもらいました。他には模型などをさわってどんなことを感じられるんでしょうか?」
大内先生「さわって理解をすることで、身の回りの世界に対して自信が持てるということもありますよね」
榎戸「たしかに、自分も見えていないので、『間違っていないかな?』と自信なさげに人に伝えることがあります」
大内先生「そうですね。そして、『この歳になって聞くに聞けない』という話もよく聞きます」
▼さわることの意味とは?
榎戸「ズバリ、さわることにはどんな意味があるんでしょうか?」
大内先生「見るのは一瞬にたくさんの情報が入ってきます。さわるのはその瞬間その瞬間は限られた部分しか理解できない。しかし、見ることは自分の興味のあることしか残りません。それに対して、さわると細かい部分まで情報が入ってきます。さわった感覚を消し去ることはできないんですね」
シンデレラ城、五重塔、北斎の絵・・・それは今まで見逃していたものからいろいろな感覚を得た自分には響く言葉でした。
手と目で見る教材ライブラリーは、そのようなボクら視覚障がい者が見逃してしまうような感覚を与えてくれる場所だなと感じ、今回の取材を終えたのでした。
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施設概要
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●開館日:完全予約制。見学を希望の方は、電話かメールでご連絡ください。
※平日、土日は関係なく、日程が調整できる日に開館。
●所在地:〒169-0051 東京都新宿区西早稲田3-14-2 早稲田ビル3階(早稲田通郵便局の入っているビルの3階)
●アクセス
① JR・東西線「高田馬場駅」下車。徒歩12~15分
② 地下鉄副都心線「西早稲田駅」下車。徒歩7~8分
③ 都電荒川線「面影橋駅」下車。徒歩5分
●連絡先
携帯電話:090-3510-1604
メール:oouchi.nise@gmail.com
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