友人「青空がきれいだね。」
私「空気は冷たいけど、やっぱり晴れると気分が良いね。」
私は何度もうつ病を繰り返しており、曇りや雨の日はなんとなく憂鬱になってしまいます。低気圧で頭痛が起こったり、耳鳴りがしたり、落ち込んで動けなくなったり。そういえば、カナダなど冬の日照時間が短い地方では、冬季うつ病になってしまう方も多いと聞きます。
私「日の光って大事なんだなあ。」
友人「ビタミンDも日光を浴びることで合成できるらしいよ。」
太陽に感謝しながら進みます。
「桝形(ますがた)」の跡という場所がありました。道を2回直角に曲げて作ることで、敵が侵入しにくいようにしたものだそうです。
妻籠郵便局がありました。入口に「妻籠 郵便資料館」と書かれた看板があり、歴史のありそうなたたずまいの郵便局に興味をひかれた私は、中に入ってみることにしました。
昔のポストや郵便はがき、飛脚がどのように走っていたかなど、妻籠の郵便に関する資料が展示されていました。
また、郵便を妻籠郵便局の窓口から発送すると、妻籠郵便局オリジナルの消印を押してくださるサービスもあるそうです。友人や親類に、ここから絵葉書などを送るのも良いかもしれません。
街道沿いにも、黒い小さな郵便ポストがありました。「書状集箱」と書かれています。
道のわきに大きな釜が転がっていたので驚いてしまいました。五右衛門風呂の釜でしょうか。
こちらの家には、竹かごいっぱいに花が飾られています。小菊と、実をたくさんつけた立派な南天。とてもきれいです。
木や草に実がなっているのも風情があります。
水車小屋がありました。竹でできたといを下って水が流れ、水車を回していました。
私「ここで流しそうめんをしたら楽しそうだなあ。」
友人「勢いよく流れそうだね。水もきれいでおいしそう。でも、そうめんは夏がいいね。」
私「そうだね、今は寒すぎるね。」
今度は、目の前に大きな岩が現れました。岩の上にさらに岩が乗っているような格好ですが、どっしりと構えて安定しているようです。
この岩は「鯉岩」や「鯉ヶ岩」と呼ばれているそうです。昔は鯉の形をしていたものが、明治時代に大震災があり変形したとのこと。割れ目のような模様の部分が、私には鯉が大きな口で笑っているように見えました。
「鯉岩」の向かい側に、「熊谷家住宅」と札のかかった家があり、小さな入口が開いていました。少しかがんで中に入ってみます。
住宅の中には資料が展示されていました。稲わらを縄にする道具や、味噌を作るための大豆を炒る大きな釜などを見ると、昔の生活が想像できます。
熊谷家住宅の開け放った戸口を通して景色を見ると、とても絵になると思いました。
熊谷家を出たところで、通りがかった観光客が上を見上げて「これはすごい」と言っていたので、何だろうと思い私も見上げてみました。
すると、軒下にとても長い竹竿が収納されていました。こんなに長さのあるものを、いったい何に使っていたのでしょうか。
ここは「口留番所(くちどめばんしょ)」の跡。ここから、中山道を通る人々を監視していたそうです。人間の喉のように大事な場所にあることから、「口留」とされたとする説があるそうです。たしかに妻籠宿でも「道が曲がってちょうどここからお店が並ぶ通りに入る」という場所にありました。
口留番所跡の近くには「高札(こうさつ・たかふだ)場」がありました。ここに幕府から発せられた法律などが掲げられ、周知されたようです。「住民や通る人々の識字率が高かったのだろうな」と思いました。
あちこち見て回っていたら、もう1時間ほど経っていました。
私「そういえば、おみやげを買いたいんだった。お店を見ようよ。」
友人「そうだね。いくら時間があっても足りないよね。」
私たちは、何を買おうかと話しながら、お店に向かいました。
・<5 妻籠宿・おみやげ探し編>(
https://www.cotravel.jp/diary/index.php?uniqueid=5eedb2cc661ee)に続きます。
妻籠宿公式ウェブサイト:
https://tsumago.jp/
木曽広域公式観光サイト 木曽路.com「妻籠宿」:
http://www.kisoji.com/kisoji/feature/tsumago.html
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