ボートに乗っている著者、対岸には古い建物が見える

     


インドの人は「バラナシのガンガーで死ぬことは幸せだ」と言う。バラナシ、正式名はヴァーラーナスィー(Varanasi)。
この町に流れるガンジス川はガンガーと呼ばれる。インド神話によると、ガンガーは元々天界を流れる河川であった。はるか昔、地上からの祈りにより、インドの三大神シヴァ神はガンガーを地上に下ろすことにする。しかし、天界の川は強すぎてそのまま地上に流れ落ちると大変なことになるため、シヴァ神は自らの頭髪で衝撃を受け止めた。シヴァ神の体を伝い流れたことによってガンガーは聖なる河となったのである。ガンガーを神格化したのがガンガー女神だ。ヒマーラヤから流れるガンガーが北インドの平原を流れ、シヴァ神の額にかかる三日月形に曲がる所にバラナシはある。バラナシの人々は今日もガンガーで身と心の穢れを洗い清めている。
インド3000年以上の歴史を持つ聖地へ行く。


いったいいつまで待てばいいんだ…。


インドの駅のホーム、デジタル時計は22時47分の表示、ホームの地べたに大勢の人が座っている
ここはニューデリー駅。待てども待てども列車が来ない。1時間以上待っても目的の列車が来ない。電光掲示板に遅れの案内は出ていないが駅員さんに聞くと「遅れている」とだけ返ってくる。

インドに行く方は長時間待たされる時のためにレジャーシートを持って行こう。ホームには売店があるのでお菓子や果物を買える。私はバナナをモリモリ食べて過ごした。

列車が来たのは予定時刻から5時間後のことだった。駅を住処にするのも悪くないと思い始めたころだ。

これから行くバラナシには呼び方がいくつもあって「バナーラス」「ワラナシ」「ワーラーナシー」、あげくには「ベナレス」という呼び方もある。
インドの人に「バラナシ」と言うと通じないことがあるので「ワーラーナシー」と言うと通じやすいかもしれない。しかし、それだと日本人が「それ東北の方言?」と勘違いされてしまうかもしれないのでここでは「バラナシ」と言う。


ニューデリー駅からバラナシまでは12時間〜17時間かかる。おそらく向かう道中でも予定より長引いたのであろう。深夜にバラナシ駅に到着してしまった。駅からトゥクトゥクでガンガー近くの町へ向かったが、ここの町は迷路に入り組んでいて、予約した宿まで行くのが大変そうだ。どうしよう。

すると、どこからともなく満面の笑みを浮かべた酔っ払いが現れ、私を宿まで案内してくれた。しかも日本語で。

日本語で話しかけてくる人は90%くらいの確率でカモろうとする人なので警戒するのが普通だが、ただのいい人だった。
「じゃあねぇ♪あと僕、服屋やってるから是非来てね!じゃあね〜!」
酔っ払いのお兄ちゃんありがとう。いざとなったら酔っ払いだし走って逃げよう、とか思ってごめんね。


今回の宿は日本人宿サンタナ・バラナシ。この宿では日の出が見られるガンガーボートツアーを手配してくれる。あまり寝られないがボートツアーに行くことにする。



ガートの階段、はためく旗が並ぶ、たくさんの手漕ぎボートが係留されている、まばらに人がいる
夜明け前の宿にボートツアーの案内人が迎えに来て一緒にガートに向かう。

ガート(Ghat)とは川や池など、水辺に設けられた階段状の施設のことをいう。バラナシのガートは沐浴や葬礼、洗濯をする時に使われる。
広島県の鞆の浦(とものうら)で雁木(がんぎ)という同様のものが見られるらしい。

外灯に照らされたガートと川、沐浴している男性たち


外灯に照らされたガートと川、ボートがたくさん見える
夜明け前でもライトビカビカで結構明るい。ここはアハリヤー・バーイ ガート(Ahalya Bai Ghat)。1778年にインドール藩王国のアハリヤー女王が建てたもので、バラナシで初めて人名をつけられたガート。



たくさんの外灯と旗があるガート、川、ボートの上に食われかけ君
ボートに乗って出発。写真の左に向かって進んでいく。

ボートツアーは私と案内人の二人だけだ。




宮殿のような古い建物、建物の下には川面まで続く階段、ボートが停まっている
ダルバンガー ガート(Darbhanga Ghat)。ダルバンガーの藩王が建てたガート。宮殿のような建物が美しい。



城の城壁のような建物、建物の下には川面まで続く階段、ボートが停まっている
ラナ・マハル ガート(Rana Mahal Ghat)。1670年ウダイプールの藩王が建てた。


川に足が浸かりお祈りをしている人、宮殿のような古い建物がある、裏返しになったボートたちが見える
ディグパティヤー ガート(Digptiya Ghat)。ベンガルのディグパティヤー国の王様が建てた。髪の長い人が沐浴している。画像を拡大してまじまじと見ようとした読者には申し訳ないが、男性である。

私も思わず撮ってしまって悔しい。


古い建物たちと川
パーンデー ガート(Pandey Ghat)。1805年レスラーのパブア・パーンデーを記念して表彰するため建てられた。

レスラー?

ここまで王様、王様、王様のガートとやってきてここでレスラーのガート?!どれだけ凄かったのだろうか。1805年は江戸時代。(日本地図の測量をやり遂げた伊能忠敬さんがバリバリ活動していたころ)



河原みたいなガート、サリーを着た女性が洗濯物を踏んでいるよう、石板の上で洗濯する男、洗濯を手伝う幼児
ラージャ ガート(Raja Ghat)。沐浴するより洗濯する場所って感じ。洗濯する時に使う平たい石板が並んでいる。早朝なので洗濯している人が少ない。


右半分が古い城みたいな建物、四角い建物が左半分から見える、沐浴する人がいない
ラージャガートの続き、真ん中より左からナーラド ガート(Nrad Ghat)。


ボートに乗っている食われかけ君の人形


沐浴する人たち、寺院やヨーロッパ風の建物、ビルみたいな四角い建物がある
右からチョウキー ガート(Chouki Ghat)、ケーダール ガート(Kedar Ghat)、ヴィジャヤナガラム ガート(Vijayanagaram Ghat)




ボートに乗っているボーッとしたような顔の著者、著者はガートがある反対側の川面を見ている
ガートがたくさんあってお腹いっぱいな私。

このようにガンガーの河畔には時の権力者たちがこぞってガートを建立したり、買い取ったり修繕したりしている。ガンガーが重要なものであることがよくわかった。

バラナシでは84のガートがある。ガートにはアルファベットで名前の表記があるので見て何のガートか分かる。






銭湯かのように沐浴する人たち、男は腰巻きをつけている
沐浴する人々。男性がほとんど。

まったくの余談だが、インドの女性はサリーでヘソは出すが日本のような水着姿になることはない。沐浴する女性も男とは違いサリーを着たまま行う。デリーのウォーターパークであっても女性は半袖短パン姿という出で立ちだ。



2つ前の写真と同じもの、ボーッとしたような著者の顔
何を期待してたんだ自分は。この聖なる川で洗い清めてやろうか。



縞模様の建物の上にインド神話の神たちの像がある、たなびく旗が並んでいる
インドの神々の像がガンガーと私を見つめている。



ボートに置かれた花飾りの蝋燭、蝋燭を小さな花が囲んでいる、食われかけ君、マッチ
ボートでガンガーを進んでいると花売りの少年が船で近づいてきた。せっかくだし1つ買ってみた。

マリーゴールド(ヒンディー語で「ゲンダ」)で飾られたキャンドル。花の皿は何かの葉で作られているようだった。



日の出、日の出を見る著者の後頭部
日の出だ。

ボートの上に太陽がある、太陽の光を川面が反射している
インド神話では太陽神スーリヤ神がいて、7頭の馬が引く巨大な黄金の戦車に乗り、天空神ヴァルナが敷いた道を東から西へ走っている。

そんな幻想的な日の出。

花飾りの蝋燭に火がついている、水の500mlペットボトル
ガンガーに祈りを込めて、蝋燭に火を灯して花を流すことにする。


流れていく花飾り、向こう側にカップルが乗ったボートがある
流れていく花は写真に写っているカップルが乗っているボートにささやかな体当たりをしてどこかへ流れていった。

ここの流れはとても緩やかだ。





石造りの要塞のような建物が見える、手前に小さな旗をつけたボートたちが並ぶ
ニランジャニー ガート(Niranjani Ghat)の赤色の要塞。

ガートの上に寺院らしき建物がある、寺院の下に右巻きの卐マーク、両隣にサンスクリット語が書かれている
ジャイン ガート(Jain Ghat)。ジャイナ教徒がお金を出し合って作ったガート。デカデカとジャイナ教のシンボル卐のマークがある。隣には聖音「ॐ(オーム)」が表記されている。

「ॐ」はサンスクリット語。後に仏教に取り入れられ、阿吽の呼吸の「阿吽」の音がそれらしい。そうと知ると親近感の近しいものを感じる。



浄水塔がある川辺に冠を被り両手を合わせ祈る人魚が小さな宮殿を背負っているかのような船がある
バダイニー ガート(Bhadaini Ghat)近くに停まっていた観光用の船。

インド神話の三大神ヴィシュヌ神が巨大な魚の姿になり、世界が沈むほどの大洪水から人類の祖を守ったノアの箱舟と似たエピソードがある。(マツヤの話)

これがその時のヴィシュヌ神だろうか。



ボートのオールで手漕ぎする男、チェック模様の長袖とスラックス姿、向こう側にガートと砂浜みたいな川辺
案内人さん。日本語で案内してくれる。ガンガーは車のけたたましいクラクションの音もなく、ボートを漕ぐ音だけが聞こえて静かだ。おかげで案内人さんの声も聞きやすい。

ガートも区切りがついてきたので今から西岸に連れて行ってくれる。



砂浜、川の向こう側の対岸に建物が並んでいる
ここがガンガーの西岸。東岸とは打って変わって何もない。だからこそ日の出も美しく見れるのだろう。



川に沈んだ衣類、花、川は濁っている
流れ着いていたゴミ。すべて受け入れ過ぎるガンガー。

ガンガーは聖なる河だが、ひどく汚れていることは世界的にも有名だ。予防注射など備えてきてよほど入りたいならともかく、軽い気持ちで入るのはやめた方がいい。旅をしているとバラナシに行った人に出会うことがあるが、もれなく全員が下痢と腹痛に倒れている。

もし沐浴する時は補聴器や財布、携帯電話など貴重品と共に宿に置いていった方が安全だろう。沐浴しないのが一番だが。

これだけおすすめしていないのに申し訳ないが、私は実のところ沐浴に興味がある。
しかし、次の日デリーに戻る予定だから体調崩したくない。しかも私はアトピーで肌が荒れているので(不思議なことに日本にいる時より肌の調子は良いけれど)リスクが高い。

しかし、せっかくのガンガー…






川が浅いところに浸かっている食われかけ君
そういうことで食われかけ君に身代わりになってもらおう。たっぷり浸かりたまえ。

私は両手のみ浸らせておくことにする。




ボートに満面の笑みを浮かべて立っている著者
そして、この数日後、下痢と腹痛に見舞われることになる。

しかし、私の手だけ罪は洗い清められた。

母なるガンガーありがとう。今日も最高の朝だ。

男性/30代 聴覚障害

外国に行くと「ケニチロ」と呼ばれてしまう著者。
宮城県仙台市在住。生まれつき両耳70dBの聴覚障害があり補聴器をつけている。口話と手話を使う。英語など外国語が話せないが海外では知っている単語やジェスチャー、筆談を駆使してコミュニケーションを取る。
イラストなどのグラフィックや似顔絵の仕事をしている。読書や旅が大好き。この世界のことをもっと知りたい。私の旅の話が読者の旅の役に立てれば嬉しい。
障がい者のライフスタイルメディアMedia116で漫画連載。URLはこちらhttp://www.media116.jp/
ケンイチローのTwitterはこちらhttps://twitter.com/tdk1r

旅行エリア
アジア, インド, その他の観光地
旅行期間
対象読者
聴覚障害
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